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東京高等裁判所 昭和53年(く)430号 決定 1978年12月05日

申立人 羽原起興

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣旨及び理由は、申立人提出の抗告状に記載されたとおりであるから、これを引用する。

原決定に審理不尽ないし理由不備の違法があると主張する点について

所論にかんがみ検討するのに、一件記録によつて明らかな原裁判所における本件審理の経過に徴すると、原決定に審理不尽のそしりを受けるべき点は存しない。また、原決定はその主文が導き出された詳細な理由を付しているのであつて、理由不備の違法も存しない。

原決定に法令解釈の誤りがあると主張する点について

所論にかんがみ検討するに、申立人は、申立人に対する窃盗被告事件について、渋谷簡易裁判所が昭和四一年六月二四日宣告し、同年七月九日確定した判決において負担を命ぜられた訴訟費用中の未納残金三、七〇〇円につき、名古屋地方検察庁検察官が、渋谷区検察庁検察官の嘱託に基づき、名古屋地方検察庁検察事務官に命じて、申立人に対し、昭和五三年七月一四日付納付告知書をもつて右訴訟費用中の未納残金を同月二一日限り納付すべき旨告知し、ついで同月二四日付督促状をもつて同月三一日限り右未納残金を納付するよう督促し、若しこれを納付しないときは強制執行の手続をとる旨通告したことが、刑訴法五〇二条所定の裁判の執行に関し検察官のした処分に該当するとして、原裁判所に対し、前記訴訟費用負担の裁判の執行に関する異議を申立てたものである。ところで、刑訴法四九〇条によると、訴訟費用の裁判は検察官の命令によつてこれを執行するのであるが、当審において取り調べたところによると、その具体的な執行の手続としては、まず検察官において徴収命令書を作成することにはじまり、次いで強制執行手続依頼書に右命令書を添えて法務局の長又は地方法務局の長に対しその強制執行手続を依頼するものであるところ、本件においては未だ検察官の右命令書は作成されておらず、前記検察官の納付告知及び督促は、右命令書の作成に先だつて申立人に対しその未納残金の任意の支払を催告したものに過ぎないものであつて、これをもつて検察官のした右裁判の執行に関する処分とみなすことはできない。そして、このように未だ検察官の執行に関する処分の開始されていない段階において、将来の処分を予想し、これに対して異議を申立てることは許されないと解すべきである(最高裁判所昭和三六年八月二八日第一小法廷決定(刑集一五巻七号一、三〇一頁)参照)から、申立人の本件訴訟費用負担の裁判の執行に関する異議申立は不適法のものであり、これと同旨の判断のもとに本件異議の申立を却下した原決定に所論のような法令解釈の誤りは存しない。

以上のとおり本件即時抗告は理由がないので、刑訴法四二六条一項後段により本件即時抗告はこれを棄却すべきである。

なおちなみに、申立人が本件訴訟費用負担の裁判の執行に関する異議申立においてその理由として主張するところを検討してみても、以下に説示するとおり、いずれもこれを認容することができない。すなわち、

一  申立人は、異議理由として、貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかな申立人に対し、訴訟費用の負担を命じた前記判決は、刑訴法一八一条一項、五〇〇条に違反する旨主張しているが、右は、訴訟費用負担の裁判の内容にわたる論難であつて、かかる主張は執行に関する異議の手続においては許されないものであるばかりでなく、刑訴法一八一条一項但書は、貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかな被告人に対し裁判所の裁量によつて訴訟費用の負担を命じないことができる旨を規定したものに過ぎないから、申立人に対して訴訟費用の負担を命じたからといつて、前記判決に申立人の主張するような訴訟法令違反があるとはいえない。

二  申立人は、異議理由として、前記判決宣告の際、裁判所が刑訴法五〇〇条によつて訴訟費用の執行免除を申立てることができる旨申立人に告知しなかつたとして、それが憲法三一条に違反する旨主張し、これを前提として、申立人に対しては刑訴法五〇〇条所定の期間経過後も訴訟費用執行免除の申立を許すべきであると主張し、また、申立人に負担を命ぜられた訴訟費用が主として証人や国選弁護人に支払われた費用であるとして、これらの費用を刑事被告人に負担させることは憲法三二条及び三七条に違反するとして、本件訴訟費用負担の裁判の有効性を争つているが、判決裁判所の手続に法令に違反する点はなく、また負担費用の内容に関する主張は前説示のとおり不適法のものである。

三  申立人は、異議理由として、本件訴訟費用負担の裁判によつて国が取得した請求権は、既に時効により消滅している旨主張しているので、この点を検討してみると、訴訟費用負担の裁判の確定により国が取得する金銭債権は、会計法三〇条により五年間これを行わないときに消滅するが、一件記録中の渋谷区検察庁検察官の渋谷簡易裁判所裁判官に対する昭和五三年八月九日付、同年九月四日付各回答書によると、昭和四一年七月九日本件訴訟費用の負担を命じた裁判が確定した後、申立人が右訴訟費用の一部として昭和四四年三月一七日二、〇〇〇円、昭和四七年一月一三日一、〇〇〇円をそれぞれ納付したこと及びその後昭和五〇年六月三〇日、同五一年七月一〇日、同五二年一月二一日の三回にわたり、それぞれそのころ申立人からなされた本件訴訟費用の延納願が検察官によって許可されていることが認められるのであって、会計法三一条二項によって準用される民法一四七条三号に照らすと、本件訴訟費用の消滅時効は、右各訴訟費用の一部納入及び同延納願によりその都度中断され、未だ完成していないことが明らかである。

四  申立人は、異議理由として、貧困のため訴訟費用を納付することができないとして、申立人に対してはその未納残金につき訴訟費用の執行を免除すべきであると主張するが、そのような主張は、本来刑訴法五〇〇条による訴訟費用執行免除の申立としてなされるべきものであつて、刑訴法五〇二条による執行に関する異議の理由たりえない。

五  申立人は、異議理由として、現時点において本件訴訟費用負担の裁判の執行をすることは、執行の乱用である旨主張しているが、前記のとおり申立人の任意に基づく一部納付があつた結果、本件訴訟費用の未納金は三、七〇〇円を残しているにすぎないのであつて、その執行をもつて検察官の権限の乱用とすることはできない。

よつて、主文のとおり決定をする。

(裁判官 西川潔 杉浦龍二郎 阿蘇成人)

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